いわゆる「帰宅願望」のあるご入居者に「今日はもうバスがないので帰れません、明日帰りましょう」というのは嘘ですし、
なぜ帰りたいのかを考えないその場しのぎの対処法にすぎないため、私たちは言わないようにしています。
一方で、嘘をつかざるを得ない局面もあったりしますよね…。
今月のカンファレンスのテーマとさせていただいたご入居者Aさんは、
最近、すでに亡くなっている母親や夫の所在をスタッフに確認しては、
納得できる回答を得られずに嘆き悲しむ、という状態が増えていました。
「母は今、どこかしら。お父さん(夫のこと)もまだ帰ってこないのだけど…」と。
嘘をつきたくないスタッフは、「うーん、私わからなくて。ごめんなさい」とお茶を濁し、
Aさんに「えー、悲しい。泣きたい」などと言わせてしまっています。
こういうとき、どう答えるのが正解なのでしょうか――。
正解かどうかはわからないけれど、私たちがいったん導き出した答え方は、「帰るまで一緒に待ちましょう」でした。
もう帰らないと知っているにもかかわらず「一緒に待つ」だなんて、嘘ではないのか? と思いましたが
スタッフの1人が「Aさんの世界の中の真実に寄り添うってことだから」と発言。
もう一つ興味深かったのは、Aさんが悲しくなるのは、居室で長く過ごすときである、という指摘でした。
リビングでは冗談を飛ばしながら、ときには仕事の手伝いもしてくれる快活な方です。
つまり、Aさんにとって居室は自宅、リビングはパブリックスペース、という区分けが明確にあるのではないか、
入居当初よりも「家族が帰ってこない心配」が増したということは、
「ウェルミー宮崎台」の居室を「自分の家」だと認識したからではないか? という考察です。
「自宅」のすぐ近所の、職場や社交場などにいつもいる人たちが、一緒に家族の帰りを待ってくれる世界線。
それが今のAさんの居場所なのであれば、我々はときどきその「Aさんワールド」におじゃまして、
ご近所さんになりきって会話するのも悪くないことなのかもしれない…。
先日、「一緒に待ちましょう」を実践してみたら「わー、うれしい。泣けてくる」と、
結局、Aさんを泣かせてしまったので、今もこの答え方が正解かどうかわかりません。
今後も、チームメイトと一緒に考え続けていきたいと思います。

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